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2015.06.7

SNEAKER LEGENDS|藤原 ヒロシ

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――藤原ヒロシって?
2015年、生誕20周年を迎える「エア マックス 95」。たった一足のスニーカーがあれほどまでの社会現象を巻き起こしたのは、その過剰なほどに画期的だったデザインに加え、当時の日本のカルチャーシーンが前後10年と比較しても抜群に面白かったからだ。

ファッションではストリートが、音楽及びカルチャーではヒップホップが濁流のように流れ込んだ若者文化の黎明期、1990年代半ば。その時代を語るにあたって無視できない人物といえば、やはりというべきか、藤原ヒロシだろう。

日本のヒップホップカルチャーの一時代を築き、“DJ”というものを一般層にまで知らしめた人物であり、小泉今日子やUA、藤井フミヤといったアーティストへ楽曲提供を行うほか、2011年にはYO-KINGとのユニット・AOEQを結成、ソロでも音楽活動を行うなど、今の30〜40代男性にとっては分かりやすくカリスマ的な存在である藤原ヒロシ。

 

――NIKE × fragment design
デザイン集団〈fragment design〉として、〈Stüssy〉〈Levi’s〉〈HEAD PORTER〉といった企業とのコラボも数多く行う彼は、もちろん自身も愛する〈NIKE〉とのコラボアイテムもリリースしている。2014年10月には「Nike Roshe LD 1000× fragment」を発表。発表会では直々に登壇し、プレゼンテーションを行った。

— Fashionsnap.com (@fashionsnap) 2014, 10月 28

個人的に、〈fragment design〉と〈NIKE〉とのコラボで最高にゾクゾクしたのは2013年に発売された、Nike SKATEBOARDING (NIKE SB) チームの専属スケーターであるエリック・コストンのシグネチャー「Koston One」のホリデーコレクションだ。

〈NIKE〉のトレードマークであるスウォッシュマークをパンチングで表現し、カラーリングもシンプルで洗練されている。スポーツシューズとして固定イメージのある〈NIKE〉を、ワンランク上のスニーカーとしてブラッシュアップさせる手腕には、脱帽である。日本のストリートカルチャーを牽引したカリスマ性に嘘はない。

今の10代にも、こんなアイテムを通して、藤原ヒロシを通して、90年代カルチャーの面白さを知って貰いたいと思うのは、筆者の大きなお世話なのだろうか。

 

text:Futaba Kojima

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