2015.07.19
【HUF特集 第1章】 キース・ハフナゲル/KEITH HUFNAGELってどんな人??
〈HUF(ハフ)〉特集 第1章 キース・ハフナゲルってどんな人??
■ハフとは???
〈HUF(ハフ)〉、一人のスケートボーダーが立ち上げたスケートボーディング・ライフスタイル・アパレル&フットウエア・ブランドの名前だ。
スケートボードをバックボーンとするこのブランドは、“スケートボード”という共通言語をハブとして、アーティストやミュージシャン、フォトグラファー、その他のあらゆるクリエイティブな才能が垣根を越えて集まる世界を体現している。
アメリカのクラフトマンシップ、クラシカルなデザイン、長年の着用にも耐えうるヴィンテージ生地の構造に、現代の洗練された実用的なディテールを加え、過去と現代を融合させたコンセプトのもとブランディングされたプロダクトには、カジュアルなグラフィックやメッセージで、知的さとある意味で無頓着な要素が共存する。その様相は、ブランドが有するアイデンティティを具現化させたような存在だ。まるでそのスケーターとアーティストが融合したかのような物作りから生まれる多くのプロダクトに脚光が集まり、現在ではウェア以外にも、スケートボードグッズやフットウエアラインを提供するまでの大きなブランドに成長した。 しかし、創設当初と何も変わらぬ信念のもと、新しく良質な商品を産み出すポリシーをそのままに、改めてその名を日本でも轟かせ始めている。そんな〈HUF(ハフ)〉は、スケートボードに共鳴し、様々なカウンターカルチャーに精通する人々に向けられたコンセプト・ブランドだが、現在の彼を構築してきたスケートボード、ストリートカルチャー、スニーカーコミュニティに対し、多大なリスペクトとシーンへの還元を続けていくライフワークの一つであるようにも見受けられる。
その〈HUF〉を知る上で、差し置いて語ることが出来ない人物こそ、<キース・ハフナゲル/KEITH HUFNAGEL>なのだ。N.Yマンハッタンの出身の彼は、現在、ロサンゼルスを中心に活動するトップ・プロスケーター、〈HUF〉の創設者でありブランド・ディレクターとして新たなキャリアを構築している。
■キース・ハフナゲルって???
96年にリリースされた〈FTC〉のスケートヴィデオ『Panel Code 100A』のパートで、筆者は初めて動く彼を見つけた。独特な浮遊感と独自のスタイル全開なハイオーリーに驚きを隠せず、いまでも彼のライディング写真や映像を見ると、クレジットの確認をしなくても一目で「ハフだ」と見分けられるほど鮮明な記憶として残っている。そしてそのスタイルは多くのスケーターに影響を与え、多くの信奉者を生んだように思う。
そんな彼が2002年にスタートさせたブランド〈HUF〉のフットウエアラインとして、2年前からスタートさせた〈HUF QUALITY FOOTWEAR(ハフ・クウォリティフットウェア)〉について、数回に渡ってまとめてみよう。第1回目は、『キース・ハフナゲル/KEITH HUFNAGELってどんな人?』 というテーマで、彼のバックグラウンドやエピソードを交えて紐解いていく。
血気盛んだったティーン時代の彼は、多くのスケーターが好きなプロスケーターの一人として名前を挙げる〈CHOCOLATE(チョコレート)〉の看板ライダーであった故”キーナン・ミルトン/KEENAN MILTON”らとともに、N.Yの5BOROを縦横無尽に駆け巡っていた。 ある日、街中で滑っている最中に通りすがりの男から〈THUNDER TRUCK〉と〈SPITFIRE WHEEL〉を受け取り、初めて2人でスポンサーを獲得したと言うエピソードを語っている。この話を初めて聞いた時に、「どれだけ凄い滑りをしてたんだろう?」と想像を掻き立てられたものだ。
当時のキースは、多くの友人や幼なじみらとN.Y中をプッシュし、磨き上げたトリックをヴィデオに記録しては、スポンサーに送るといったスケートボード中心の日々を過ごしていた。 朝から晩までスケート漬けだった当時の様子を、旧友らが後述するドキュメントムービー内でも回想している。そのスケートクルーには、スケートシューズブランド〈AXION(アクション)〉から、2000年代初頭に〈NIKE SB〉へ電撃移籍した”ジーノ・イアヌッチ/GINO IANNUCCI”や、映画『KIDS』にも出演していた故”ハロルド・ハンター/HAROLD HUNTER”、今ではストリートブランド・デザイナーや、スニーカーブティックとウェアブランドを運営するに至ったプロスケーターの友人らとともに多感な幼少期をN.Yで過ごしていた。
そして、大学を選ぶ際にスケートの聖地と称される、“サンフランシスコ”への移住を決意する。しかし、大学もそっちのけでスケートボードに没頭する日々を過ごすと、そのまま大学はドロップアウト。その理由に、N.Yとは違った坂の多いシチュエーションで今までに体感した事の無い、“ハイスピードなスケートライディング”に新たなスタイルを見出し、多くのダウンヒル・スポットを巡っては”ボム”をかましていたと本人は話している。サンフランシスコに移ってからも、街中で〈DELUXE〉という大手スケートカンパニーの社長”ジム・シーボー/JIM THIEBAUD”が、車を運転している最中に滑っているハフを目にして、急いで窓を開けて「〈REAL〉のデッキを受け取ってくれ」と手渡されたデッキとともに、〈REAL SKATEBOARDS〉のライダーになったというエピソードを聞くと、彼の滑りを生で目の当たりにすると、相当のインパクトがあることを容易に想像させる一つのエピソードだ。
当時の彼のスケーティングは、〈FTC〉の『Panel code 100A』(1996)、〈REAL〉の『Non fiction』(1997)、〈DVS〉の『SKATE MORE』(2005)、〈REAL〉の『Roll Forever』(2005)、〈411VM〉シリーズを始め、多くのヴィデオで目にする事が出来るので、是非その迫力をみんなにも味わってもらいたい。
他にも彼の滑りは、DLXやTRANSWORLD SKATEBOARDINGなどのビデオで垣間見れる。
そして、ココに記した多くのエピソードは〈VICE〉のドキュメントムービー『Epicly Later’d: Keith Hufnagel – Part 1~3』内で、本人や当時の仲間へのインタビューとともに、回顧録的なドキュメント・アーカイブとしてアップされている。
Epicly Later’d: Keith Hufnagel – Part 1
90年代初頭に、N.Yスケートのメッカであったブルックリン・バンクや、若かりし日の彼らのスケートライフや時代背景など、貴重な映像も含まれているのでもっと深く知りたい人は一見の価値ありだ。(※日本語字幕なし)
■シグネチャーシューズ
そして90年代中盤には、前にコラムでも書いた〈DC SHOES〉チームヘ加入する。〈DC SHOES〉の一員として世界中をツアーして回った後に、〈DVS〉へ移籍しシグネチャーシューズを多数リリースした。
2000年代初頭には、〈NIKE SB〉から〈HUF〉とのコラボレーションシューズを数足リリースし、『HUF x Nike SB Dunk High Pro』や『HUF x Nike Air Trainer 1 SB “Gold Diggers”』が人気、血眼になって探した人も多かった。ちなみに自分は『Barry McGee for HUF × adidas adicolor LoY1 “Ray Fong”』を必至に探した(笑)この〈adidas(アディダス)〉のモデルについて、アメリカでは色々と物議を呼び本人にとっては大変だったエピソードがあるようだ。
スケート映像として印象的だったのは、2001年頃に〈STUSSY(ステューシー)〉スケートチームの一員として来日した、『STUSSY JAPAN VACATION TOUR』だ。 今では〈FUCKING AWESOM〉を旧友”ジェイソン・ディル”とプロデュースしている、”アンソニー・ヴァン・イングレン/ANTHONY VAN ENGLEN”、元CHOCOLATEのプロライダーで、現在は〈LAKAI〉のシューズ・デザイナーとして活躍する”スコット・ジョンストン/SCOTT JOHNSTON”、そしてスケート界のリビング・レジェンドである”ランス・マウンテン/LANCE MOUNTAIN”などといったその来日メンバー構成にまず目を見張り、東京から大阪、京都を巡るメロウなツアー映像にスケートボードの楽しさを再認識させられた。
■HUF QUALITY FOOTWEAR
輝かしいスケート・キャリアに、ファッション・スニーカーシーンへの影響力も持つ彼が、ブランディングする〈HUF〉のフットウエアライン、〈HUF QUALITY FOOTWEAR(ハフ・クオリティ・フットウェア)〉では、自身がライダー時代に経験した多くの見聞をもって、多くの才能に溢れた若手ライダーをサポートし、スケートチームとしてツアーで世界中を旅する。そして、そこで発見する新たなアイディアの創出や独自のビジョンを磨き続けることで、彼自身とチーム、そしてブランドも、スケートボードとともに進化する事を推し進め、そこに留まること頑に拒否しているようだ。
HUF自身が「遊び」や「スポーツ」と簡単に片付けてしまえるほど単純なものではなく、人生の一つのあり方と位置付ける“スケートボード”とともに歩み続ける〈HUF QUALITY FOOTWEAR(ハフ・クオリティ・フットウェア)〉。次回はライダーやプロダクトを交えて、もう少し詳しくブランドについて触れてみたいと思う。
HUF 第2章へ続く
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