2015.10.25
スニーカー坂 vol.8 | 板皿子坂
スニーカーを履いて坂道を巡ります。
突然ですが、先日の3連休は旅に出ました。
1年に一度ほど友人となんの計画性もなく突発的に旅に出ます。目的地は武蔵横手駅、場所は埼玉県飯能市付近、西武秩父線の沿線になります。都心から電車を乗り継ぎ2時間近く、到着したら辺りには何もない。本当に何もない。
ほぼ無人駅を下車すると、壮大な山々と人影のない山道のみ。軽い気持ちでハイキングを始め、すれ違う登山客は本格的な服装と必須らしい熊よけの鈴。我々は渋谷でも行くかのような軽装。間違いなく今、熊に遭遇したら秒殺ですね。道なき山道を2時間歩き回り、下山時には満身創痍。夜はアットホームな民宿で一泊、あまり若い男性客が訪れることがないのか、「なんとか行政の方かね。」と、店主らしき方に尋ねられる始末。
翌日は、巨大なロケット花火を何発も打ち上げて、村中総出で、盛り上がる奇祭に参加。狭い日本でも様々な場所がありますね。
「板皿子坂」 港区三田四丁目界隈
板皿子坂です。京急泉岳寺駅を降りるとそこには坂道があります。一見なんの変哲もない坂道ですが、歴史的背景がしっかりとある坂道になります。泉岳寺駅の名称はそのままで、駅を降りるとそこには泉岳寺があります。泉岳寺は有名な忠臣蔵47人の墓所がある寺院になります。ここは赤穂藩浅野家の菩提寺になり、吉良邸討ち入りの後、大石内蔵助率いる47人は、この場所で無き主に目的を果たしたと告げました。寺院内には、その遺跡を多く残しています。
さて坂道の話に戻りますと、ほどよく湾曲した具合が絶妙です。江戸時代は、この坂上から東京(江戸)湾がはっきりと見えたことでしょう。東海道を旅して品川宿を越えて、やっと江戸に着いたるや、その景観を見て安堵の想いと長かった旅路を実感したと思います。坂上には当時、肥後熊本藩細川家のお屋敷がありました。今は高級マンションとなっていますが、所々に細川邸だったことを記す箇所があります。細川邸では赤穂藩士数名が保護され、最後はこの屋敷内で切腹を遂げました、今でもその切腹場所はマンションの合間にしっかりと保存されています。怖いという印象はなくどこか清閑な場所です。
板皿子坂界隈は港区とは思えないようなレトロな場所やミステリアスな場所が多くあります。近くには幽霊坂といった坂道もあり、どこか鬱蒼としていて道の両脇には墓所といった、夜になるとちょっと駆け足になってしまう坂道があります。
さてこの坂道にオススメな1足はこちらです。
〈ASICS Tiger〉 『GEL-LYTE V』 ¥16,200 (税込み)
1993年に発売された軽量ランニングシューズで、ベロとアッパーが一体化されたモノソック構造が特徴的な『GEL-LYTE V』。こちらはゴアテックス加工がされた一足。そもそもGELシリーズはビギナー向けであり、1kmを5〜6分のジョギングを楽しむといったスニーカーだったと思いますが、リブランド後は、ファッショナブルに見えてしまうことから時代の流れや認識の変化とはモノの価値観を変えていきますね。
スニーカーを履いて坂道を巡ろう。